最近、上に示しました報告が日本産科婦人科学会雑誌10月号に掲載されました。
以下にまずその報告をそのまま紹介します。
2000年10月
報 告
社会保険学術委員会
委貝長 中 野 仁 雄
委員 秋山 敏夫,石丸 忠之,岩田 嘉行,植木 實,大屋 敦,工藤 尚文,上妻 志郎,佐々木 繁,白須 和裕,新家 薫,関谷 宗英,塚崎 克己,野津 志朗,野原 士郎,平川 俊夫,前原 大作,松岡幸一郎,松田 静治,宮崎亮一郎(以上20名)
1.平成11年度の主な活動内容
1)社会保険学術委員会及び小委員会を開催し,社保に関連する各種事項について検討した.
2)日医疑義解釈委貝会,日医診療報酬検討委員会を通して社保情勢を把握するとともに,日母社保委員会との密接な連携に基づき各種要望活動を行った.
3)内科系学会社会保険委貝会連合に加入した.
4)学会内各専門委員会との連携に基づき要望書等の作成を行った.
5)主な業務内容は以下の通りである.
(1)DRGの試行に関する検討を行った.
(2)診療報酬点数改定に対する要望:日医診療報酬検討委貝会,外科系学会社会保険委員会連合に要望書を提出した.
(3)産婦人科薬剤の適応外使用についての検討:「婦人科癌化学療法に関する合同社保委員会会議」により作成された多剤併用療法における抗癌剤適応外使用に関する要望書に基づき,厚生省各局に対し要望活動を行い,あわせて製薬会社との懇談会を開催した.また,厚生省より依頼のあった適応外使用医薬品実態調査アンケートに回答した.
(4)ARTの保険収載に関する検討:要望書について社保生殖内分泌合同委員会等において検討を重ね成案を得たが,現時点での社保情勢を考慮し,本件に関する検討書を厚生省に提出する止め,しばらく静観することとなった.
(5)性腺刺激ホルモン製剤自己注射に関する検討:性腺刺激ホルモン自己注射に関する小委貝会の答申に基づいて理事アンケートを行った結果,当面は保険収載の要望を見送ることとなった.
(6)硫酸マグネシウムの切迫早産に対する適応拡人に倒する要望:厚生省に対し要望書を提出した.
(7)エストラダームの長期投与に関する検討:現時点では要望書は提出しないこととした.
(8)新レシカルポン坐剤の供給継続に関する要望:厚生省に対し要望書を提出した.
(9)子宮体癌におけるエストロゲン・プロゲステロンレセブター測定に関する要望:保険医療材料研究会に対し,「図説 検査と保険請求」の当該内容についての加筆・修正を要望した.
(10)「産婦人科医のための社会保険ABC」の編集:機関誌研修コーナーに掲載したものを土台として社保に関する入門書を出版することを決定し,編集活動を行った.
6)委員会の開催は以下の通りであった.
(1)社会保険学術委員会 2回
(2)社会保険学術小委貝会 3回
(3)社保生殖内分泌合同委員会 1回
(4)編集委員会 3回
(5)その他(抗癌剤に関する懇談会)1回
5)(4)について、ART(補助生殖医療のことで主に体外受精のこと)の保険収載の要望書の提出を現時点での社保情勢を考慮して止めたとは一体どういうことなのでしょうか?
日本の医療保険制度は社会保険の一つである健康保険により運営されています。その健康保険の目的は「本人や家族のいずれかが疾病に罹患したり、負傷した場合、あるいは出産や死亡の場合におこる不時の出費に備え、普段から収入に応じた保険料を拠出し、さらに事業主も応分の負担をして、生活上の不安を取り除くこと」を目的として生まれた制度とされています。そして、不妊症は従来より健康保険適応の疾病と考えられ、不妊症の検査や治療の殆どが健康保険適応とされ保険給付が行われています。しかし、一方でARTは健康保険適応外の治療法とされ保険給付は行われていません。これはARTが新しい治療法で、健康保険法の中にある保険医療養担当規則の「特殊な療法又は新しい療法については、厚生大臣の定めるもののほか行ってはならない」に相当すると判断されているからだと私は理解しています。では、いつどのようにして新しい療法が健康保険適応となるのでしょうか?厚生省や厚生大臣が自ら「この治療は非常に大切だから保険適応にしましょう」と言ってくれるまで我々はただ待つしかないのでしょうか?はたしてそのような事が本当にあるのでしょうか?やはり、日本産科婦人科学会や日本不妊学会など不妊治療に携わっている立場の者から「卵管因子、男性因子による不妊カップルはART以外の治療での妊娠成立は困難で、それらに対してARTは極めて有用な治療法である。また、現在日本で年間数万件のART治療が行われ、ARTによる児が年間1万人以上生まれ、その安全性は日本においても既に実証されている。しかし、一方でARTの費用は非常に高額なため治療を望みながらも治療を受けれないカップルが数多くいる。したがって健康保険の目的を達成するためにも、また少子化問題の一方策として、さらには経済活性化のためにもARTを保険適応の治療として認めるべきである」との要望を出すべきではないでしょうか?なぜ一私的団体が社保情勢を考慮する必要があるのでしょうか?一私的団体が日本の社保情勢を本当に正しく把握できているのでしょうか?それを判断するのは厚生省や厚生大臣の仕事ではないでしょうか。欧米諸国の多くは条件(適応症や治療回数、年齢など)付きながらARTを保険適応の治療法と認めています。早急に、また真剣にARTの保険収載について議論すべき時ではないでしょうか。
このような報告を目にするたびに感じるのは、臨床の場で直接患者さんと接することのない、またはほとんどない人たちが患者さんに大きく影響を及ぼす重要なことを決定しているのだなという焦燥感です。例えば今39才の患者さんでご主人の精子が非常に少なく、妊娠するためには体外受精+顕微授精しかない場合で、経済的な余裕がなくART治療を受けられないでいるとしたら、2年後、3年後にようやく保険適応の治療になってからでは年齢が40才を超え、ARTでの妊娠すら難しいことが予想されます。そのような患者さんはもしかしたら毎日のようにARTが保険適応の治療になっていないかとの思いで新聞を隅から隅まで見ているかもしれません。つまり、一部の人たちにとっては全く急ぐ必要のない問題でも、一部の人には一刻を争う程に切迫した問題であることを認識すべきではないでしょうか。重要な立場にいる人間が社保情勢を考慮などという無責任な一言ですますような態度であっては決してならないと思います。
次に「性腺刺激ホルモン自己注射に関する小委貝会の答申に基づいて理事アンケートを行った結果,当面は保険収載の要望を見送ることとなった」とは一体どういうことなのでしょうか?理事アンケートの内容は公表されていないため理由が全く不明です。この文章は小学生でも”おかしい”と思うのではないでしょうか?理事アンケートが保険収載の要望を出すか出さないかだけ、○か×かだけを質問していたのであれば、このような文章でやもえないかもしれませんが、それならばそれは”アンケート”ではなく”投票”でしかないと思います。理事アンケートの内容をたとえ簡単でもいいので示すべきで、このような”報告”ならしない方がよい位だと思います。
私のようにARTに携わっていると性腺刺激ホルモン自己注射は早急に実施すべき事だと思います。ART治療を行う場合は通常7~10日間毎日HMG又はFSH製剤を注射する必要があります。また、採卵時刻を朝にするためにHCG製剤を夜間に注射する必要もあります。しかし、患者さんによっては仕事を持っていたり、上に小さな子供がおられたり、遠方に住んでいるため通院が大きな負担になる場合が数多くあります。日本でも糖尿病患者のインスリンの自己注射は認められています。また欧米では性腺刺激ホルモン自己注射は既に一般的になっており、そのためのキットも作られています。なぜアメリカ人やカナダ人にできて日本人にはできないのでしょうか?
理事アンケートの結果とは一体どのような内容なのでしょうか?このままでは、医師側の都合で、つまり注射料(180円)、再診料(740円)を失いたくないために性腺刺激ホルモン自己注射を認めないのではないかと思われても仕方が無いと思います。
医療は誰のためにあるのか?「医療は患者さんたちのためにある」という最も基本的な事が忘れられているような気がしてなりません。